さて、それでは当時の状況と今日的な時代状況の変化と私たちが実際に担ってきた実践的な課題について振り返ってみたいと思います。
(1)当時の状況と今日的な時代の変化
- 1980年代から支配的になった新自由主義は、医療、教育、福祉など公的セクターに市場原理を導入し、民間活力の活用を意図したものの、それはわが国の経済成長力を高めることにはならなかった。そればかりか、むしろ、所得格差や非正規雇用を拡大し、地方の衰退、貧困を表舞台に登場させました。
- 1990年代の中ほどからは、バブル経済が崩壊し、これまでの「成長路線」の破綻が明らかになってきました。失業率の高止まり、有効求人倍率の低下によって、次第に雇用環境の悪化が深刻化してきました。これまでの年功序列賃金、終身雇用体制、企業別労働組合が揺らぎ始めてきました。次第に非正規雇用が拡大し、これまでのセーフティーネットが機能しなくなってきました。
- 2000年代に入って、グローバリゼーションの進行と中国はじめとした新興国家の台頭によりグローバリ経済競争が激化し、国家主導型の新自由主義が世界を巻き込んできました。それは同時に、新自由主義の拡大が不可避的にもたらした失業、貧困といった「社会的排除」の状態にある人を急増させ、新たに「社会的包摂」という政策課題を背負うことになりました。その結果、2008年秋のリーマンショック以降、政府は緊急雇用対策を実施せざる得なくなりました。
(2)取り組んできた具体的課題の多様化
- 2005年のあったかサポート発足の当時、メディアは「格差社会」の到来を盛に取り上げられるようにはなっていました。しかし、当時の我々は、いまだ「失業即ち居宅の喪失」がもたらすホームレスや生活保護受給世帯の急増という現実の到来を身近に感じることなく、深刻には受け止めていませんでした。とはいえ、辛うじて時代の変化に対応しようと(削除)2008年9月に当法人の社会保険労務士に加え弁護士や司法書士など専門士業によるネットワークを形成し、「24時間ホットライン」を敢行しましたが、その時には態勢の割に電話はあまり鳴りませんでした。ところが、その直後の2008年10月にリーマンショックが到来、その年末の「年越し派遣村」の設営は、「失業」による派遣労働をはじめとした不安定雇用と「貧困」という現実を白日の下に晒しました。
- メンタルヘルスを含む個別労働紛争の増加については、規制緩和と競争原理の導入によって、働きすぎやセクハラ、パワハラによる精神疾患の労災申請の増加をもたらすことが当初から予想されたことでした。事実、長時間労働やセクハラに関わる労災申請の支援をしてきました。しかし、2000年代に入って、ADRなど紛争解決手段や労働審判制度の施行に併せて、近年この種の相談窓口や支援機関さらにはそれを業とする専門家も現れるなどあえてNPO法人として関与する価値は低まっていました。特に京都府が「非正規労働ホットライン」を実施するようになってきてからは、当法人の社会保険労務士がその相談員として関わることになっただけに、あったかサポートの事務所での相談は減少しました。
- いずれにせよ、そのような労働相談の経験は、労働契約など労働関連法規に関する労働者と使用者の無知、無理解が無用な労働トラブルを発生させる一要因でもあると認識させました。その認識を踏まえて、これから社会に飛び立つ若者に対する労働教育の必要性を感じて、高校生など若者を対象にした「出前授業」の拡大に努めてきました。その結果、2009年には、「NPOによる提案事業」として京都府の「基金事業」に採択されました。この「出前授業」は、我々がこの分野におけるパイオニア的存在であるとの自負をもって、意欲的に取り組んできた課題でもありました。
- 特に「非正規雇用の拡大」がもたらす労働・社会保険からの排除については、その専門家である社会保険労務士として危機感が働き、労働・社会保険の適用と給付が果たす役割について普及活動と政策の転換を迫る意味もありました。
- さらに、「消えた年金」や「宙に浮いた年金」問題が社会的に注目された際には、連合大阪を中心に多数の講演依頼やマスメディアからの取材がありました。その際には、そうした原因や背景と年金制度改革の課題について語ってきました。また雇用保険の適用範囲の拡大や第3号被保険者の扱いを含めた非正規労働者への健康保険・公的年金の適用範囲の拡大がなければ今後膨大な生活保護予備軍を生み出すことになるだろうと警鐘を乱打してきました。
- 他方で京都府からの委託事業「NPOなど起業創業塾」の開校も経験しました。団塊の世代は、その退職を迎えるに当たり、これまでの職業経験と人脈を生かして、従来の雇用労働から新しく起業するのではないかという想定の下に、行政としてそれを支援しようという試みでした。これは、国の雇用保険の財源を活用した職業訓練や職業教育に対する新しい試みでしたが、実際の参加者に対する団塊の世代の割合は多くはありませんでした。だが、この「起業創業塾」は受講者や講師との間での新しいネットワークの構築の試みとなりました。
- さらにラボール学園と協力し、第二のセーフティーネットとしての役割が期待される「基金訓練」事業にも参画することができました。これは、雇用保険の財源とは別の緊急雇用対策の費用で実施され、雇用保険の受給資格者以外の失業者に対する職業訓練・職業教育でした。民主党政権の下で今年10月から新たに「求職者支援法」として誕生し、新しい支援制度として期待されています。
- 労働・生活相談事業の展開を軸としてスタートしたNPO法人あったかサポートの活動でしたが、相談件数の絶対数増加の見通しの誤りや支援の労の割にはペイできないことも分かってきました。従って、相談事業と並行して各種セミナーの開催に力を入れて収益を見込むことにしましたが、現在でも集客活動には様々な課題を抱えています。
それでも毎年、春と秋には労働と社会保障に関わる適宜なテーマを取り上げて
講師も重複することがないようにセミナーを開催、定着してきました。
その他に「労働・社会保障政策研究懇談会」も毎年実施してきました。弁護士や社会保険労務士を講師にして、中小企業主や社会保険労務士を主な受講対象者にして「人事労務管理セミナー」や「労働判例講座」を開催してきました。年度末には、雇用保険、年金や医療、税金に関わる知識をもって上手に退職するための「退職準備セミナー」を開催してきました。