「出前授業」に対する期待と課題

法政大学キャリアデザイン学部
筒井美紀 様

■はじめに

このエッセイは、「あったかサポート」and/or「出前授業」に関心のある方々に向けて書いています。「課題についても書いて」とリクエストがありましたので、「あったかサポート」関係者に直接語りかけている部分も所々ありますこと、予めご了承下さい。

■「出前授業」のニーズは大きい!

先日、20人ほどの中学・高校の先生方と、「キャリア教育」「労働教育」について、ワークショップ形式で議論する機会がありました……実にいろいろな話が出ました。

「いわゆる”キャリア教育”は、いかに”勝ち組”をつくるかに焦点を当てた教育だ。だからこのままではいけないと思うが、時間が無くてこれで精一杯。労働法には全く触れることができずにいる」
「企業の求める即戦力をつけるのが”キャリア教育”だ、で終わってしまっている」

労働法やシティズンシップに関心のある高校生は1割くらいしかいない。このなかで、どうやって興味を持たせたらいいものか。
企業や労働組合の方をお呼びしての講演を始めたが、『どうせあの人たちは”勝ち組”でしょ?』と冷めた見方をする生徒が少なくない。「厳しい(アルバイトの)労働環境の中で、正当な権利を主張したら干されたり解雇されたりするんじゃないか」と恐れで声をあげられない生徒たちがいる。彼らに何と言って指導したらいいのだろうか。
普通科進学校でこそ労働教育をしっかりやらないといけない。社会の上層に行くであろう彼らが、現実に起こっている労働問題を知らないまま社会に出るのは断じてよくない。
私たち(公立の正規)教員の雇用は守られているのは確か。だから、形だけなら労働教育もできるかもしれない。こんなふうに思うので、労働教育の教材を、自分たちで作りあげるというプロセス、自らも学ぶプロセスが必要だ。いわゆる”キャリア教育”は進路指導部がやること、と捉えられていて、学校全体で労働教育の必要性を共有していく雰囲気が足りない。
等々、さまざまな課題を共同作業で洗い出し、対処のためのエネルギーと勇気を共有していく様子をはたで見ていて、私の方も熱い気持ちになりました。

そのとき思ったのは、「出前授業」のニーズは大きい!ということ。そして、「先生方、学校外のリソースをもっともっと使いましょうよ」ということです。確かに、「労働教育の教材を、自分たちで作りあげる」ことは不可欠だと思います。そうでないと、(例えば)「あったかサポート」に”外注”して終わり、で継続しないしょう。しかしまさに、自らの学びのプロセスから、学校外のリソースの活用が大切だと思うのです。「そんな教え方があったんだ!」「これも教材になるのか!」といったたくさんの発見があるはずです。逆に言えば、「あったかサポート」出前授業の課題としては、問題意識の高い先生方のグループと連携することが、労働教育を広めていく近道ではないかと思います。労働教育の根づいた学校(=キーパーソンの先生が異動しても、労働教育が持続する学校)はまだまだ少ないからです。このことは、専門学校にも当てはまるでしょう。

■さて大学・短大は?

  事情は大学・短大でも同じではないでしょうか。「ニート・フリーターを出さない」「進路未決定者をゼロにする」といった声が、あちこちで聞かれます。この目標に近づくことは、それ自体、望ましいことだと思います。けれども、やりたい仕事が明確になり、「コミュニケーション能力」が向上し、進路が決まればそれでよし、なのでしょうか。学生たちの殆どはそれで「よかった」「ほっとした」というでしょう。

しかし、グローバリゼーションや少子高齢化、経営思想やビジネスモデルの潮流といった社会のあり方・ゆく末を考えれば、これだけでは、彼らを無防備なまま社会に送り出していることになるのです。「新卒内定切り」は減ったかもしれませんが、入社直後の退職強要や、適性・希望を無視した子会社転籍命令、自宅待機という名の事実上の放置などが、ごく「当たり前」に生じています。誰にでも起こりうるのです。どんなにキャリア意識を磨こうとも、どんなに職業能力を上げようとも、「生身の労働者は脆弱」(中野麻美『労働ダンピング』)なのです。したがって、学生たちの興味関心や満足度にもっぱら反応するだけのキャリアサポートでは、大学教育はその現代的使命を果たしたことには、決してなりません。

「あったかサポート」の大学での出前授業は、労働問題やそれに関連した研究者のパイプを使って行っていることが多い、というのが現状ですが(私も前任校で実施経験があります)、キャリアセンターや進路就職部などをいかに巻き込んで制度化していくかが、ひとつ大きな課題かと思います。

■さいごに

  いずれの学校段階にしても、読み書き計算を習うように、生きた労働法が学ばれるべきです。その学びのリソースは、学校内・大学内で完結する必要はありません。外部リソースを縦横無尽に活用すればよいのです。その調整や準備には少なからぬ「しんどい」部分がありますが、そんなときは、「何が生徒や学生のエンパワーメントになるか」と自問してみませんか。私個人は、「あったかサポート」の小さな「応援団の一員」に過ぎませんが、これからも「フレーフレー」と声を出し続けていきたいと思います。出前授業の今後の発展を祈念いたします。